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「レコード芸術」誌(音楽之友社)4月号の弊社広告にて、CD発売日の誤記がありました。
同ページ掲載商品の、

「フルネ/都響 30年の軌跡〜奇跡の名演集成 01〜03」(FOCD9350?2)
「山下一史 仙台フィル」(FOCD9357)
「藤田正典作品集『いにしえの空から...』」(FOCD2564)

はいずれも3月21日発売となっております。
お詫びして訂正申し上げます。

いつも格別のご厚誼を賜り、誠に有り難うございます。

2007年12月21日発売「益田正洋/セゴビアへのオマージュ?没後20年に寄せて?」(FOCD9336)の収録曲「2つの無言歌」(F.メンデルスゾーン作曲)について、付属印刷物の曲順表記に誤りがございました。


誤:
12. ヴェニスの舟歌?Venezianishes Gondellied Op.19-6 [2:21]
13. なぐさめ?Consolation Op.30-3 [3:05]

正:
12. なぐさめ?Consolation Op.30-3 [2:21]
13. ヴェニスの舟歌?Venezianishes Gondellied Op.19-6 [3:05]


表記の誤った商品をお買い求めいただきましたお客様におかれましては、大変お手数ですが、下記連絡先までご一報ください。訂正いたしました印刷物を発送いたします。


連絡先:
株式会社フォンテック 市販グループ
tel: 03-3393-0183 fax: 03-3393-3481
e-mail: info@fontec.co.jp


お客様には多大なるご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません。
何卒宜しくお願い申し上げます。

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--伊藤 恵 シューマニアーナ 最終作12&13ー
両タイトルお買上の方にもれなく、伊藤 恵の演奏・語りを収録した
DVD-Video「シューマニアーナ20年の道」をプレゼント!


去る9月18日、伊藤 恵「シューマニアーナ」シリーズの完結を記念し、東京 銀座の三笠会館にて記者会見が行われました。

シリーズの録音開始は1987年。当初は10年程度で完成するだろうと漠然と思い描いていたものが、自身の作品に対する要求が高まっていった結果、20年もの歳月を要してしまった、と語る伊藤。「こんなに嬉しいことはありません。よく終えることができたものだと思います」とその感慨を吐露しました。

初めてシューマン作品に触れた5歳時のエピソードや、有賀和子、ハンス・ライグラフ両恩師との思い出なども披露。「シューマンはいつも私のそばにあった」と、特別な優しさをたたえた作品を綴り続けた作曲家への深い思いを語りました。

また会見には、シリーズ開始から完結まで一貫して伊藤を支えてきた、プロデューサーの松田 朗(フォンテック)、調律師の川真田豊文(スタインウェイ・ジャパン)両氏も同席。「シリーズは、このチームの成長の記録」と、苦楽を共にしたスタッフへの感謝の言葉を繰り返し口にしていました。

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写真左から松田 朗、伊藤 恵、川真田豊文の各氏

Approaching Kei ITOH ー 伊藤 恵 インタビュー ー


--「シューマニアーナ」が20年かけて完結しました。いまの感想は?

やっぱり嬉しい、ホントに嬉しいです。よく続けられたなとも思いますし、続けさせてさせて下さったすべての方に感謝しています。支えて下さった方たちがいらっしゃらなかったら絶対に出来なかったことです。はじめは、10年くらいで出来ると思っていました。でも、次第に作品に対する責任が増していき、完成度の要求も自分の中で高くなり、正直、その重さに足取りも重くなっていってしまったんですね。


ー「クライスレリアーナ」から録音を始められていますが、収録の順番はどうやって決めたのですか。

「クライスレリアーナ」は、記念碑的な、思い出の曲です。自分がシューマン作品の中で最も感動した曲で、恩師ライグラフ先生が最も力を入れて教えて下さった曲です。それをきっかけに、「シューマン弾きになってはどうか」と先生に言われました。レコーディングの曲順は、最初から先生には1枚1枚計算して決めた方がいいと言われましたが、その都度「今、この曲が弾きたい!」と思った曲を録音していった感じです。


ーシューマンの音楽の魅力とは?

ベートーヴェンのように、「全ての人と喜びを分かち合おう」という方向ではないですね。貴族中心の社会から、個人の感情の発露が大切にされるロマン派の時代になった。個人の感情というものが、芸術と結びついた時代、「自分の大切な人へ贈る音楽」というものが成り立つ時代に、生まれてくるべく生まれてきた人だったんでしょうね、シューマンは。同時代に、ショパン、リストもいますが、リストは万人のための音楽という感じがするのに対して、シューマンは、クララに対する思いが根源、エネルギーになっている特殊な作曲家ですよね。
彼は、評論の中で「芸術家の使命は、人の心に光を送ること」と書いている。自分の作品を聴いて、人が闇に落ちるのは耐えられなかったんだと思う。なぜかというと、シューマンは「光の音楽」を書きたかった。この「光」というのは大切なキーワードなんですが。
シューマンは、ピアノ作品を作っている時、クララに会えなかった。つまり、そこにいない人のために伝える音楽。でも、演奏家はその場にいる聴衆に伝えるために弾く...。
私にとっては、(そこにいない人というのは)とっても親しくて亡くなってしまった人、会うことができない人のことなんです。その場で音楽を共有している、聴衆の側も、もう会えない人のことを思いだしたりする。ということは、聴くことも弾くことも全く同じだということです。


--「シューマニアーナ」、あるいは、シューマンを続けてきた中で、演奏が変化していったと実感していますか?

変化しました。そのとき感じたこと、CDはその時その時の記録です。録音開始から20年の演奏活動のなかで、シューマンを通してやったからこそ、シューマンが高みに「おいで」と呼んでくれた気がします。1枚ずつ、高みに登っていければよかったんだけど、谷もあるわけで、その谷の時に「私は、まだまだ未熟なんだな」と足取りが重くなってしまったというのが、嘘のない、正直なところです。


--ご自分の演奏の理想とは?

内面的でとても深く、そして音楽的で、音でしか表現できないような...人の心の奥底に届くような音を出せるような演奏家になりたい。そして人が聴いて幸福になるような音楽をやりたいと、ずっと思っています。作曲家の純粋な内面の世界を飽くまでも、温かい気持ちで、それからひとつひとつの音に心をこめてただ淡々と弾く、ということを目指しています。


--シリーズ終了にあたってひとこと

以前、雑誌の取材でシューマンゆかりの町を巡る旅をしました。また彼の地に赴き、20年の歳月について偉大な作曲家へ報告をしたいと考えています。


itou.jpgphoto: 武藤章
伊藤 恵 profile
幼少より有賀和子氏に師事。桐朋学園高校を卒業後、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学、ハノーファー国立音楽大学卒業。名教師ハンス・ライグラフ氏に師事。
1979年エピナール国際コンクール第1位、1980年J.S.バッハ国際音楽コンクール第2位、クルト・ライマーコンクール第1位、1981年ロン=ティボー国際音楽コンクール第3位及び特別賞と数々のコンクールに入賞。1983年第32回ミュンヘン国際音楽コンクールピアノ部門で日本人として初の優勝。
内外の主要なオーケストラと協演を重ねている。
1987年からシューマンの作品を収めたアルバム、「シューマニアーナ」の録音にかかり、2007年「シューマニアーナ 13」をもって全曲録音を完成する。
1993年日本ショパン協会賞、1994年横浜市文化賞奨励賞受賞。
2003年より東京藝術大学准教授。

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