Artist_Data: 02 指揮アーカイブ

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クリスティアン・アルミンクは若い世代の中でも最も活躍し、シンフォニー、オペラの両分野で成功を収めている指揮者のひとりである。
ウィーンに生まれ、ウィーン国立音楽大学にてカール・エスターライヒャーとレオポルド・ハーガーに指揮を学ぶ。小澤征爾との密接な関係が、1992年から98年の間にボストン響(タングルウッド音楽祭)および新日本フィルとの幾度にわたる共演へ結びつけた。94年に本格的に指揮活動を開始、ベルリン・ドイツ響、フランクフルト放送響、ウィーン響、ウィーン放送響、ザルツブルク・モーツァルテウム管、スイス・ロマンド管、ストラスブール・フィル、ベルギー国立管、シンシナティ響などに次々と客演、97、99年にはザルツブルク音楽祭にも招かれている。24歳のときにチェコのヤナーチェク・フィルを初めて指揮、すぐに首席指揮者として迎えられ、2001/02シーズンまで務めた。その後、スイスのルツェルン歌劇場音楽監督およびルツェルン響首席指揮者を経て、03年9月より新日本フィル音楽監督に就任。
オペラ指揮者としても欧米各地で活躍、99年シンシナティで『ねじの回転』(新演出)、トリエステのリリコ劇場で『ばらの騎士』、その後も、ルツェルンの『ボエーム』、『カルメン』、『魔笛』、ヴェローナでの『サロメ』、『エレクトラ』、ストラスブール歌劇場での『イーゴリ公』(新演出)、フランクフルト歌劇場の『さまよえるオランダ人』など各地で非常に高い評価を得ている。
2003年にはプラハの春音楽祭オープニング・コンサートで『我が祖国』を指揮。伝統あるこの音楽祭の開幕コンサートの指揮台に立った中で、アルミンクはクーベリックに次いで史上二番目に若い指揮者となった。2006年はミュンヘン・フィル、ドレスデン・シュターツカペレ、ワイマール・シュターツカペレ、ウィーン響、カメラータ・ザルツブルク、シュトゥットガルト放送響、トゥールーズ・キャピトル管などに客演。
新日本フィル音楽監督として3シーズン目を迎える中、すでに2008/09シーズンまでの任期延長を発表。常に意欲的なプログラミングは強い支持を集めてきている。05年3月の『レオノーレ』は、このオペラに新しい光をあてた公演として高く評価された。また7月には、新国立劇場での二期会オペラ公演に新日本フィルと登場、『フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ』で好評を博した。06年2月の「火刑台上のジャンヌ・ダルク」では「なまめかしいオラトリオとしての『ジャンヌ』を現出させた」と評されるなど、各誌で高い評価を受けた。
新日本フィルとのレコーディング『ブラームス:交響曲第1番&マーラー:交響曲第3番』、『マーラー:交響曲第5番』、『マーラー:大地の歌』、『ベートーヴェン:第九』がリリースされている。

朝比奈 隆 Takashi ASAHINA

asahina.jpgphoto(C)Akira Kinoshita [Discography]
1908年東京生まれ。京都大学を卒業、在学中よりヴァイオリンをモギレフスキーに、指揮をメッテルに師事した。1940年に新響(現在のN響)を指揮してデビュー、以後上海響、ハルビン響などの指揮者を歴任。1947年、関西交響楽団を創設、常任指揮者となる。1960年には、大阪フィルハーモニー交響楽団と改組し、関西楽壇の中心として、生涯に渡り大阪フィルを育て上げた。豊かな音楽性と深い音楽への情熱、造形的なすばらしい構成力により、晩年は世界指揮界の最長老として、確固たる地位を築いた。海外での演奏歴も多く、1953年にヘルシンキ市立管弦楽団に客演したのをはじめとして、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ハンブルク北ドイツ放送交響楽団など60余りの客演を行っている。1975年には手兵大阪フィルを率いてヨーロッパ演奏旅行を行い各地で絶賛を博した。国内では、その造詣の深さ、強烈な個性、重厚な指揮ぶりで多くの熱狂的な支持を得ており、大阪フィル、新日本フィルをはじめとして、全国各地の主要なオーケストラに客演、精力的に活動した。大阪フィルの音楽総監督、新日本フィルの顧問のほか、日本指揮者協会会長、オペラ団体協議会会長、大阪音楽大学教授などをつとめた。1996年にはシカゴ交響楽団を指揮して北米デビュー、その模様はニューズ・ウィーク誌により広く紹介された。2000年にはNHK交響楽団へ2回客演し、ブルックナー<第4>、<第9>で圧倒的な大演奏を行う。録音も数多く、ベートーヴェン:交響曲全集を世界最多の7度、ブルックナー、ブラームス交響曲全集をそれぞれ3度リリースしている。1984年から87年にかけては新日本フィル定期演奏会でワーグナー「ニーベルングの指環」を全曲演奏、CD化で注目を集めた。紫綬褒章、日本芸術院賞、ドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字賞、朝日賞、NHK放送文化賞、毎日芸術賞、ザ・シンフォニーホール・クリスタル賞、勲三等旭日中綬賞、キワニス大阪賞を受賞。1989年には文化功労者に選ばれ、1994年文化勲章を受章。2001年12月29日逝去。享年93歳。没後、従三位に叙せられる。

秋山和慶 Kazuyoshi AKIYAMA

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1941年生まれ。故斎藤秀雄のもとで指揮法を修め、1963年に桐朋学園大学音楽学部を卒業。1964年2月に東京交響楽団を指揮してデビューののち同団の音楽監督・常任指揮者に就任し現在に至る。トロント交響楽団の副指揮者を皮切りに、アメリカ交響楽団音楽監督、バンクーバー交響楽団音楽監督(現在桂冠指揮者)、シュラキュース交響楽団音楽監督(現在名誉指揮者)を歴任。サンフランシスコ交響楽団、クリーヴランド管弦楽団、ロスアンゼルス・フィル、フィラデルフィア管弦楽団、ニューヨーク・フィル、ボストン交響楽団、ロイヤル・フィル、ケルン放送交響楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団などに客演している。1991年東京交響楽団創立45周年記念ワールドツアーでは全公演を指揮して大成功をおさめ1994年には東京交響楽団第400回定期演奏会を記念したシェーンベルクの歌劇「モーゼとアロン」(演奏会形式)を指揮、各紙から絶賛を博し同年音楽界最大の話題となった。ふたたび1996年東響創立50周年記念ヨーロッパ公演を指揮して同公演を成功に導き、2001年には東京交響楽団創立55周年トルコ・イタリア公演を指揮し各地で好評を博した。1997年にシェーンベルク:ヤコブの梯子、ヤナーチェクの歌劇「利口な女狐の物語」(舞台上演形式)、2000年ラッヘンマン:歌劇「マッチ売りの少女」(演奏会形式・日本初演)、ヤナーチェク:歌劇「カーチャ・カヴァノヴァー」(原語による日本初演)、2003年にはジョン・アダムズ:「エル・ニーニョ」(日本初演)を取り上げるなど常に新たな挑戦を続けている。
これまでにサントリー音楽賞、芸術選奨文部大臣賞、大阪府民芸術賞をはじめとして、東京交響楽団とともに毎日芸術賞、京都音楽大賞、モービル音楽賞を受賞。2001年11月には紫綬褒章を授章した。
2004年4月より広島交響楽団音楽監督・常任指揮者、九州交響楽団首席指揮者・ミュージック・アドヴァイザーに就任。2004年9月より東京交響楽団桂冠指揮者に就任。

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